中学の数学と英語を勉強した思い出

公開日: : 最終更新日:2017/08/25 未分類

中学2年の時、

兄貴に「これ読んでみ」と湯川秀樹の「旅人―湯川秀樹自伝 」を渡された。

まさに湯川秀樹の自叙伝なんだけど、
当時のノーベル物理学賞受賞者・湯川秀樹は、
「この人が20年早く生まれていたらアメリカとの戦争に負けてなかった」
くらいの認識を持ってた人は多かった。

 


旅人 湯川秀樹自叙伝

 

何が書いてあるか、よくわからなかったが、
「数学の先生が、授業の通り以外の解答を認めなかったので、数学やめた」
みたいなことが書いてあった。

僕は、この「数学」という言葉に魅了されて、数学が大好きになった。
僕が中2だった当時、中3の学校の教科書は買いようがなかった。
兄貴が使っていた数研学館高校1年「数学Ⅰ」高校2年「数学ⅡB」
高校3年理系「数学Ⅲ」を貪るように毎日やってた。
問題と答えが別のページにあって、問題だけやって、わからなければ次の問題、という順番で
答えは絶対に見なかった。
答えを考えるのが楽しかった。
これを学校から帰ってから晩飯まで1時間くらい
&晩飯終わってから夜中12時までおそらく4時間くらい、
毎日やってた。
学校半日の土曜は6時間くらい、休みの日曜は10時間くらい、
大好きな数学をやってた。

回答できるようになって、さらに答えがあっていると嬉しかった。
ただ、数研学館高校1年「数学Ⅰ」高校2年「数学ⅡB」以外の本は一切買わなかった。
何度でも、同じ問題を、ああでもないこうでもない、と答えを考えるのが楽しかった。

中学2年末、転機がやってきた。
僕は奥手で当時まだ女の子は興味なかったが、
クラスの女子から映画「小さな恋のメロディ」誘われた。

 

忘れもしない吉祥寺スカラ座。

映画を見終わった後に、将来、絶対アメリカ人になろうと思っていた。

 

アメリカ人になってトレーシ-・ハイドみたいな恋人が欲しい、
クラスの子なんか目じゃない。
おれは英語勉強してアメリカ人になるんだ、と決意していた。
ちなみにこの映画「小さな恋のメロディ」はイギリス・ロンドンが舞台だけど、
僕の中ではアメリカ人とイギリス人はほぼ同じだった。

 

小さな恋のメロディー

 

中学3年になる直前から、数学を勉強したと同じ方法で英語を勉強し始めた。
同じ方法とは、答えを見ないで3年先までの英語の問題をひたすら考える。
参考書は1冊しか使わない。
僕の場合、試験勉強ではないので、聞く・話す、用にFENのラジオを聞いてた。
同級生はオールナイトニッポンを聞いていた。

高校はいるとともに、部活始めて、
活発な高校生になって、こういう勉強は一切しなくなった。
それでも中2中3で高校3年分の英語と数学は予習した形になってたので、
勉強しないでも英語と数学だけはそこそこの成績だった。

思うに、あることに集中して勉強するって、1年が限界ではないかな。

僕の場合、試験のための勉強ではなかったから、
テスト全部100点、というわけにはいかなかった。
それでも、英語と数学はずっと5だった。

それが何かの足しになったかといえば言えるし、
自分がどう思うかだけかな。

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