転職

公開日: : 自己紹介

NEC本社の9階に配属になり、並んで待って乗る満員のエレベータが苦痛で、
僕は朝の運動もかねて、階段をダッシュで駆け上がるのを日課にしていた。

ある日、ある役員が、階段を利用し始めた。
階段で行く人は何人もいたが、その役員を抜いて階段を上るのは気が引けるのか、
誰も抜いていかなかった。
結局、役員を先頭にした「大名行列」のようなことになっていた。

僕は、朝の運動、のために階段を使っていたわけで、
階段を駆け上れないのに物足りなさを感じた。

ある日、勇気をふり絞って、ダッシュで役員を抜き、
抜くときに、思いっきり「おはようございます」と挨拶をする。
役員も孤独みたいなものを感じていたのか、
「おはよう」と挨拶を返してくれる。
これが毎日の日課になった。

「清田さん(その役員)がお呼びです」と秘書から呼び出しを受けた。
「何かやっちまったか」と思いながら役員室に行くと、
「井出君、君は爽やかだね。」と僕の階段でのダッシュと挨拶の話だった。
役員が自分の名前を知っていて、褒めてくれた、というのは天にも昇る思いだった。

僕の部の忘年会になぜかその役員もきて(結構ある事らしい)
たまたま、僕のやった芸が大好評で、その役員も大いに喜んでくれた。

そのうちに、ご自宅に呼んでくれて、奥さんを紹介してくれて手料理をごちそうになる、
などいわば家族(の一歩手前)のような付き合いになった。

その役員から、6,7度見合いを紹介されている。
本社秘書室の元ミス**は、メチャ美人でいい子だった。
1度デートしただけでプロポーズしたが、振られた。

最後に見合いしたのが、婿養子の話。
僕は次男で、役員も知っている。
新潟で印刷屋さんを経営しているNECのそれなりのユーザのお嬢さんで、一人娘で
跡取り募集中、だった。

品川プリンスホテルで、先方両親とお嬢さん(のち女房)、清田役員と5人で会食した。
当時僕は静岡に住んでいた。
2,3日後に実家から話があって、
先方の両親が実家に「浩司君(僕)をください」的なことを言って帰ったらしい。
僕は、まだ養子前提の見合いをした話を実父母にしていなかった。

 

実父母も相手の両親(のちの養父母)を気に入ったようで、
「いい人だし、会社やってるだけあって、しっかりしてるね。」
との感想だった。
仲人(役員・清田氏)も「井出君、君社長だよ」と大乗り気だった。

 

 

結局、結婚相手となる人と2度あっただけで事がポンポンと運び、
結婚が決まった。
僕も、これだけ言ってくれるなら、といい気分であっさり結婚を決めた。
この場合、結婚=養子縁組=妻の家の稼業の会社に入る=NEC退職し転職、
という事になる。

退職願を出して、しばらくすると人事担当役員から僕宛に電話があった。
もちろんその役員と面識はなく、はじめは誰だかわからなかった。
役員:「君のことはよく聞いているよ。
君がやろうとしていることはリスクが高すぎる。
まず、新潟支店に転勤させてあげるから、そこで友人を作り、
新潟のちになじんでから、転職したらどうか。」
との事だった。

すでに準備が整っていたので断った。
後から思うと、実に的を射た話だった。

うまくいくはずもなく、3年後に離婚し、養子縁組も解消した。

当時(1980年入社、1987年退社)大企業を途中でやめる人間はめったにいなかった。
やめるのは、余程会社にうらみがあったり、問題がある社員だった。
僕の場合、役員が紹介したNECの大事な得意先に次期社長の婿養子としていく、
うらやましいやつ、くらいの感じで、皆から祝福された退職だった。

のちの起業する際、NECを頼ったが、下請け仕事は出してくれたし、
「井出はNECをスピンアウトした人間ですがいいやつですから」と
客を紹介してくれたりした。
円満退社したおかげだと思う。

なを転職が悪いことではない、というイメージが生まれ始めたのは、
リクルート社が「ハッピーの条件」というイメージソングでCMを流し始めた
1991年以降だと思う。
「ハッピーの条件」は、ピンクサファイアという女性バンドが歌っていて、
当時絶好調だったプリンセス・プリンセスに迫る勢いだったが、続かなかった。

 

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